男性の職業と精巣機能

男性の職業と精巣機能を調査した報告が発表されていましたのでご紹介いたします。


Human Reproduction, Volume 38, Issue 4, April 2023, Pages 529–536,


 不妊症は、カップルの約 10 ~ 15% と推定されており、男性が由来する不妊症が 40% を占めています。 さらに、過去数十年間に精液の質も低下していると報告されています。 これまでの男性の生殖能力に関する疫学文献のほとんどは、環境化学物質、食事、BMI、身体活動に焦点を当てていますが、職業的要因に関する研究はほとんど行われていません。そのためこの分析では、米国マサチューセッツ州ボストンで不妊クリニックを受診している男性における、重量物の運搬、勤務シフト、職場での身体活動のレベルなどの自己報告された職業的要因が、精液検査結果と関連しているか調査しています。 二次分析として、職業的要因と生殖ホルモンに関連しているかも評価しました。
 自己申告でのアンケートで、377人 950 回の精液検査がこの分析に含まれました。
ライフスタイル要因(マリファナやコカインの使用、職場でのアルミニウム、溶剤、カドミウム、ディーゼル、殺虫剤などの化学物質への曝露など)、座っている時間、食事等が質問されました。


<結果>
この分析に含まれる377人の男性は、年齢の中央値(IQR)が36歳で、BMI の中央値 (IQR) は 27kg/m2 、喫煙者はわずか 5%でした。 12% が職場でよく重量物の運搬を行うとし、6% が激しい運動をしていると報告、9% が夕方、夜、またはシフトで勤務していました。 


精子濃度、総精子数、総テストステロン、およびエストラジオール濃度の中央値 (IQR) は、問題なく精液に関するWHO の基準値を上回っていました。


年齢、BMI、教育、人種、喫煙、および禁欲時間で調整した後、自己申告での職業要因が精子濃度および総数と関連していました。 たとえば、職場で重量物の運搬をすると報告した男性は、重量物の運搬をしないと報告した男性と比較して、精子濃度が 46%、総精子数 が 44% 有意に高い結果でした。精子濃度と総精子数の結果は、シフトで働く男性と比較して日勤ので働く男性も同様の結果で、仕事で激しい身体活動の男性と比較して軽い身体活動をしている男性でも同様の結果が見られました。重量物を移動する頻度、勤務形態、および仕事中の身体活動のレベルは、射精精液量、総運動性、または正常形態率とは関連していませんでした。


ホルモン測定をした145 人の男性で、勤務形態は、総テストステロンとエストラジオールの両方の血清濃度に関連していました。 具体的には、通常夜勤またはシフトで働く男性は、日勤で働く男性と比較して、有意にテストステロンが 24% 高く、エストラジオール濃度が 45% 高かった。 また、仕事で激しい/中程度の運動をしている男性は、軽い運動をしている男性よりもテストステロン濃度が高いこともわかりました。 さらに、職場で重量物を移動する男性は、しない男性と比較して、エストラジオール濃度が高かった。 職業的要因と血清 FSH や LH 濃度に関連性はみられませんでした。日勤で働く男性と比較して、夜勤またはシフトで働く男性は、総テストステロン/LH比が有意に高い結果でした。


ライフスタイル要因等を調整して、精液検査結果と生殖ホルモンに関連する職業的要因を評価しましたところ、精液検査結果と職業的要因の関連はわずかに弱まりましたが、生殖ホルモンとの関連はより強くなりました。(ただ、採血した人数が20%減少したからではないかと推察されています。)


<まとめ>
不妊治療センター受診している男性において、自己報告された職業的要因と精巣機能との関係を調査しました。 日中勤務の男性や、重量物を移動しない男性と比較して、昼間以外のシフトで働いている男性や肉体的に厳しい仕事をしている男性は、精子濃度と総精子数、エストラジオールと総テストステロン濃度が高いことが観察されました。 精液の量、精子の運動性、形態、FSH および LH の血清濃度との関連はみられませんでした。


肉体的に厳しい仕事をしている方のテストステロン濃度が上がることは、よくいわれていますが、この報告ではエストロゲンも上昇していました。その考察としては、過剰なテストステロンがアロマターゼ酵素によってエストロゲンに変換されるという仮説を立てていました。

プロゲステロン投与が切迫流産の治療に有効か

今回プロゲステロンの切迫流産予防効果があるか、検討した報告をご紹介いたします。


Human Reproduction, Volume 38, Issue 4, April 2023, Pages 560–568


Hasanらによると性器出血を伴う切迫流産は、すべての妊娠の約 25% にみられると報告されています。その切迫流産の約 4 分の 1 は、完全流産に進行します。 Jauniauxらは妊娠が継続した場合は、その後の分娩前出血、早産、周産期死亡率、低出生体重児など、妊娠に悪影響を与えるリスクが高くなると報告しています。


流産のリスクを下げる治療としては、プロゲステロン投与や抗リン脂質抗体陽性であれば抗凝固薬が効果をもたらす可能性がいわれています。


プロゲステロンは、妊娠の成立・維持に重要な働きをします。 Salazar and Calzadaによると流産を繰り返す女性は、子宮内膜のプロゲステロン値が特に低い、また、Arckらによるとプロゲステロン値は、その後流産に至る妊娠で低いことが観察されています。


2021年のDevallらによると2 つのプラセボ対照無作為化試験のみを含むコクランレビューでは、切迫流産の女性において、膣微粉化プロゲステロンが生児出生率を増加させましたが、治療効果は少ないさいという結果でした。 


この報告は切迫流産の女性におけるプロゲステロン膣剤の治療効果をさらに解明するために、プラセボ対照ランダム化試験を実施しました。


切迫流産に対し、プロゲステロン膣剤1日2回400mg投与とプラセボ投与を行いその後の出生、流産、母体合併症、新生児転帰を比較検討しました。プロゲステロンは12週まで投与しています。


<結果>
出生の有無については、プロゲステロン群 (82.4%) とプラセボ群 (84.2%) と同程度でした 。 完全流産についてもプロゲステロン群 (14.7%) とプラセボ群 (15.8%) 同等でした。早産率、在胎週数、出生時体重、母体転帰(妊娠糖尿病、妊娠高血圧症、子癇前症、静脈血栓塞栓症、および産後うつ病)および新生児転帰(先天異常率、保育園への入園率、および死亡率)にも有意差は見られませんでした。 


サブグループ解析でも、流産歴、不妊症、母体年齢(40歳未満、40歳以上)、プロゲステロン値に関しても有意差を認めませんでした。流産回数で検討しても、プロゲステロンの治療効果は確認できませんでした。


<まとめ>
プロゲステロン腟剤が切迫流産の女性の生児出生率を高めるという証拠は見つかりませんでした。

新型コロナワクチン接種による妊娠への影響

SARS-CoV-2 に対するワクチン接種またはワクチンの種類が、生殖補助医療における卵巣機能に影響を与えるかどうかを評価した報告をご紹介いたします。


Fertility and Sterility® Vol. 119, No. 4, April 2023 Pages 618-623


この報告をだしているスペインでは、ファイザー/BioNTech (BNT162b2)、モデルナ (m-RNA-1273)、アストラゼネカ (ChAdOx)、ヤンセン  (Ad26.COV2.S) の 4種類のワクチンがありあります。 ファイザーとモデルナのワクチンは、生きたウイルス粒子を含まない mRNA ベースのワクチンです。これらの新しいワクチンは、安全性を完全には証明することができず、生殖年齢の女性において躊躇されることがあります。


この報告は、SARS-CoV-2 ワクチン接種前後の生殖補助医療の臨床成績を評価しています。


ワクチン接種したのは510 人で、内訳は31人がヤンセン、38人がアストラゼネカ、残りの 86.5% (441人) は、ファイザー (n = 336) またはモデルナ (n = 105) の mRNA ワクチンが投与されています。ワクチン投与していない女性は1190人でした。 この方々に生殖医療を行い臨床成績を比較検討しています。


ワクチン前後で卵巣刺激の長さ、薬剤投与量、採卵数、成熟卵数、受精率、使用可能な胚盤胞数は変わらず、mRNAワクチンに制限しても変わりませんでした。
ワクチンの種類で検討しても、ワクチン投与の有無で検討しても薬剤投与量、採卵数、成熟卵数、受精率、使用可能な胚盤胞数は変わりませんでした。


ポアソン回帰モデルで採卵数の交絡因子を評価したところ、年齢が著しく影響していましたが、ワクチンの有無では影響していませんでした。


まとめ
この報告では、ワクチン接種も投与されたワクチンの種類も卵巣機能に影響を与えないこと、また生殖補助医療の臨床成績にも影響しないことが示唆されました。生殖の観点からは、不妊を引き起こすという理論上のリスクはないため、ワクチンは推奨されるべきです。
とういう結論でした。


ちなみに
 過去の報告でSARS-CoV-2スパイクタンパク質と、発生中の胚における胎盤の形成に重要なタンパク質であるsyncyntin-1との間の類似性が指摘されており、このタンパク質に対して産生された抗体も胎盤を攻撃し、流産を引き起こす可能性も考えられます。しかし、ワクチンにはシンシチン-1またはそのmRNA配列が含まれていないため、これらの主張は覆されています。
 さらに、ワクチン接種を受けた妊婦とワクチンを受けていない妊婦の周産期の結果を比較した多くの観察研究があり、安心できる結果が得られました。 妊娠や新生児への悪影響は証明されていません。

油性造影剤を使用した卵管造影検査の安全性

油性造影剤を使用した卵管造影検査の安全性についての報告をご紹介いたします。


Reprod Biomed Online. 2021 Jun;42(6):1119-1129.


卵管の疎通性を診断する一般的な方法として子宮卵管造影検査があります。この卵管造影検査を行った後は妊娠率が上昇するなど報告は多くあります。また、この造影剤には油性と水性がありFangやWangらの報告によると油性の造影剤は水性と比較すると進行妊娠率が1.4倍、生児獲得率は2.18倍と報告されています。造影剤のデメリットとしては、血管内に入ってしまい、頻度は少ないですが、油塞栓として肺や脳などの臓器に到達し、血管系の炎症および/または閉塞を引き起こす可能性があるとUzunが報告しています。ただ、経過をみると軽度の症状しかなく、観察後に回復しており、血管内流入はほぼ無害であるとみなされています。
 造影剤にはヨウ素が含まれており、リピオドールのヨウ素濃度は水性造影剤よりも高くなっています (リピオドールでは 480 mg iodine/ml に対して、水性造影剤では 240 ~ 300 mg iodine/ml)。ヨウ素への曝露は、甲状腺ホルモンの合成を一時的に低下させる可能性があります。そのため、あらかじめ甲状腺機能に異常がないか検査するクリニックが多いと思われます。


この報告は合併症を油性と水性で比較したレビューとなります。


・血管内流入
8 つの研究 (3 つの RCT と 5 つのコホート研究) では、HSG と油性造影剤および水性造影剤の使用による血管内浸潤の頻度が比較されました。 血管内流入率は、油性造影剤を使用した HSG 後は 2.8% (38/1353)、水性造影剤を使用した HSG 後は 1.8% (18/1006) でした (OR 5.05; 95% CI 2.27–11.22; P < 0.0001)。 油性造影剤を使用すると血管内流入がより頻繁に発生することが示されています。


RCT およびコホート研究で実施された油性造影剤を使用した HSG の全グループでは、油塞栓症の女性が 18 人いました (18/19,339、HSG の 0.1%; 18/664、血管内浸潤の症例の 2.7%)。 これらの症例のうち 6 例では肺塞栓症がみられましたが、他の 12 例では造影剤が骨盤内で収まりました。 後者はすべて無症候性でした。


感染
造影剤使用による感染のリスクはありますが、抗生物質の使用の増加と改善により、これらの感染症の経過はそれほど深刻ではなくなりました(抗生物質の予防投与で 0.5%程度)。


・甲状腺機能
4 つのコホート研究と 4 つの症例報告によると、油性造影剤を使用したHSG後に胎児甲状腺腫の3例が報告されました。 そのうちの 2 例では、妊娠した月に HSG が実施されていました 。 3 例は、妊娠した年に HSG が実施されていました。


Satohらの日本の後ろ向きコホート研究では、リピオドールを使用した HSG 後の新生児の甲状腺機能を評価しています。先天性甲状腺スクリーニング 異常は 2.4% (5/212) で見られました( 無症候性甲状腺機能低下症の 3 例と顕性甲状腺機能低下症の 2 例)。 Welieらの別の後ろ向きコホート研究では、妊娠前に油性造影剤  (n = 76) と水性造影剤  (n = 64) を使用した HSG を行い、その後生まれた 140 人の新生児の甲状腺機能を調査しました。 先天性甲状腺機能低下症のスクリーニング中に陽性と判定された新生児はいませんでした。 さらに、使用された造影剤の量は甲状腺機能に影響を与えませんでした。


(甲状腺に関して、不妊治療に関する ACOG 委員会の意見では、不妊の女性全員に定期的な甲状腺検査を推奨しています (ACOG 2019)。 さらに、妊娠中および産褥期の甲状腺疾患の診断と管理に関する 2017 年米国甲状腺協会のガイドラインでは、不妊症の状況では、血清 TSH 濃度を概念前に 2.5 mIU/l 未満に維持することを推奨しています。)


まとめ
一番多い合併症は血管内流入でした。油性造影剤(2.8%)の方が水性造影剤(1.8%)よりも血管内流入は多かったものの、X 線透視下で行えば、油塞栓症の深刻な合併症は発生しませんでした。

検査会社によりPGT-Aの精度が異なるか

染色体異数性は、胚発生不全および反復性流産の最も一般的な原因です。
胚盤胞の細胞を採取し、染色体を調べる研究所において正倍数性胚盤胞率に差が出るかを検討した報告がありますので、ご紹介いたします。


Fertility and Sterility® Vol. 119, No. 1, January 2023


母親の年齢が上がるにつれて、染色体的に正常な胚の割合が減少します。 しかし、正倍性胚の移植は、年齢に関係なく、どの年代でも同様の着床率をもたらすことが示されています。
したがって、異数性の着床前遺伝子検査 (PGT-A) による胚の染色体の確認は、生殖医療において日常的に推奨されるようになってきています。特に高齢の患者さんにおいて、流産を減らし、継続妊娠率を高める可能性も報告されています。ただ、35 歳未満の年齢層では、65% を超える正倍数率が報告されており、PGT-Aはすべての患者さんにメリットがあるかは疑問が残るところです。


今回の報告は、4つのNGS 研究所でPGT-Aを行い、正倍数体胚盤胞の割合を表す正倍数性胚盤胞率,LBR,異数性胚盤胞率,モザイク胚盤胞率,生化学妊娠率,流産率を調査しNGS 研究所間で違いが出ないか検討しております。


4 つのNGS 研究所間で合計 2,633 個の胚の生検した 895 人の卵子ドナーを対象としています。正倍数性胚盤胞率は、研究所A (73.6%)は他と比較すると研究所B (63.3%)、研究所C (60.9%)、研究所D (52.3%) で有意に高い結果でした。 異数性胚盤胞率は、研究所A (14.2%) は他と比較すると研究所B (32.8%)、研究所C (27.4%)、研究所D (31.6%) で有意に低い結果でした。 モザイク率は、研究所A(9.9%)、研究所D(11.5%)と研究所B(2.8%)、研究所C(5.5%)で有意差がありました。結果が出なかった割合について、研究所B (1.0%) は他と比較すると研究所A (2.2%)、研究所C (6.0%)、研究所D (2.8%) で有意に低い結果でした。


4 つの研究所で分析された 2,633 個の胚のうち、最終的に 704 個の正倍体胚が移植され、妊娠の有無について評価されました。モザイク胚は移植されませんでした。 生児獲得率は研究所A (57.8% ) で研究所D と比較して (47.3%)有意に高い結果でした。 生化学流産率と流産率に統計的な差はありませんでした。 


<まとめ>
研究所間で正倍数性胚盤胞率と生児獲得率に有意差を認めました。すべての PGT-A研究所が同じ結果が獲れれると見なされるべきではありません。 私たちは専門家として、患者さんに推奨できる臨床検査の精度に責任を負い、胚の無駄遣いを避ける必要があります。


研究所間で正倍数性胚盤胞率や生児獲得率に差が出た主な原因として、生検の技術だけではなく、PGT研究所の DNA 増幅プロトコル、クオリティーコントロール、バイオインフォマティクスが関係している可能性があります。 生検が不十分であったり、DNA が分解されていたりして、サンプルの質が悪いと、ノイズが増加し、コピー数が急増する可能性があります。生検が成功しても研究所での検査の仕方や分析の違いが、精度の差につながる可能性があります。